ブロックチェーン国家の可能性

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     台湾でブロックチェーンについて詳しい話を頂いて、同時にBitnationなるブロックチェーン国家が存在することを知ったわけですが、これってビットコインとかの仮想通貨よりインパクトある気がするんです。

     現状のBitnationは個人IDの発行や土地財産の管理などに重点が置かれているようですが、僕はこの仕組みでオタク国家が作れると思ってます。ブロックチェーンで証明されるのでなりすましや似非オタクは排除されますから。ちなみにオタク国(仮)の永住権を得るには、何かについて強烈にオタクである必要があるんです。オタク国は二次元州、ガンダム州、鉄道州、アイドル州、ゲーム州、自作PC州などに分かれていて、それぞれ審査があります。なのでオタを装ってもそこでバレます。またそれぞれの国家には法律があって、例えば二次元州の人々は三次元の恋愛を許されなかったり、鉄道州の人々は週1で電車に乗らないと資格を剥奪されたりです。

     何がいいって法律違反はブロックチェーン的に記録されるので、永遠に記録として残るということです。逆に名誉な記録も永遠に残るので、二次元州では二次元嫁と結婚したり二次元の子供ができるとランクが上がっていきます。世界中どこにいてもオタクになることは可能なので、仮想的なオタク国家には物理的な場所は関係ないです。金銭とか地位とか別次元で新しい国家ができる気がします。

     ていうのをやりたいな〜という妄想でした。では。


    人類の起源

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       人類の起源についてはアフリカというのが定説ですが、これには疑問を抱いています。DNA解析でアフリカ起源とか言ってますが、最近までY染色体アダムの6万年前が共通祖先と言ってたのがY染色体ハプログループA00系統で33万年前になってという感じであてにならず、僕は100万年以上前が人類の起源だと思ってます。ジャワ原人や北京原人は人類の起源ではなく猿人ですから、絶滅種です。要するに猿人は人類の祖先が絶滅に追いやったと見るのが正しい見方で、進化論は眉唾だと思っています。

       じゃあ人類の起源はどこかというと、僕はカムチャツカ半島だと思っています。下の地図をご覧ください。

       

       カムチャツカ半島から北海道とアラスカ半島に線のように道が見えます。これがかつて人類が移動を始めた50〜80万年前に繋がっていた、ないし全ての島が泳いで渡れる距離にあった可能性はないでしょうか。つまり北方に向かったシベリア経由組がアフリカに渡り、アラスカ経由組が南米先住民となり、南方北海道経由組がオーストラリア先住民になったと考えています。上記の先住民は全て色が黒いです。それは単純に移動を続け太陽の光に長く当たったからと考えるのは自然でしょう。日本を見ても南方の人の方が色が黒く、東北の人は色白です。これは東北の人が新しい人類で後発であるということです。

       歴史を見てもそれは明らかで、ヨーロッパがケルト〜ゲルマン〜ノルマンの移動を経ていること、それらが全てシベリア方面からの移動であること、メソポタミアもインドも中国も北方からの侵略を受け続けていることなどから分かります。

       トンデモ説に聞こえますが、僕は教科書に載っている進化論よりよっぽどわかりやすい理屈だと思います。いかがでしょうか。

       


      AR最強かな

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         ディスプレイに二次元彼女映すとか色々考えたんですが、ARメガネのPV見ててやっぱARしかないなと、実際。流行りもの嫌いの私ですが、ここは正攻法がいいかと思います。だって二次元キャラがリアルフィールドに登場して動いたり笑ったり、タッチもできたりするし、勝てないなと。

         で、店舗の話もARメガネと組み合わせてやろうと思います。DevelopmentKitがまだ発送されてない段階なので微妙ですが、MagicLeapかMeta2がいいかなと。バックに声優さんは絶対やりますが、見た目はARで鉄板かなと。

         教室が一番やりたいですね。学生時代の再体験。登校から放課後までをダイジェスト的に1時間で体験できるやつ。授業中後ろからシャーペンでちょんちょんしたり、休み時間に隣の席に座ってゲームの話したり、昼休みにお弁当一緒に食べてウインナーと卵焼き交換したり、放課後夕焼けのベランダで陸上部の練習風景を一緒に見たり、やりたい、です。学生時代この片鱗も経験できていないので、妄想を実現したい。

         VRだと自分が動けないので不満だったんですけど、ARなら完璧ですね〜。では。


        究極の死と究極の生について

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           いろいろ考えたんですが、究極の死は究極の生であり、究極の生は究極の死だという結論に至りました。分かりにくいですが、人間性の死は物性へ、物性の死は人間性へ至るということです。欲望が物性への力であり、地上への力なのに対し、創造・空想は人間性への力であり、宇宙への力です。

           前回の話で言うと、Addictionは物性への力・地上への力の一形態であり、仮想Addictionは人間性への力・宇宙への力の一形態です。物欲・金銭欲・性欲・食欲全てはAddictiveであり、現世への執着ですが、創造・空想・妄想・趣味全てはExclusiveであり宇宙への執着です。物性への力・地上への力を最も強く持つのがモノであり、植物・動物・人間と続きます。一方人間性への力・宇宙への力を最も強く持つのが人間であり、動物・植物・モノと続きます。

           以前不自由=神に愛されることという趣旨の話をしましたが、モノは最大限不自由であるが故に最も神の愛を受けています。産まれたばかりの赤子が最も母親の愛を受けているのと同じことです。一方人間は最大限自由であるが故に神の愛を僅かしか受けていません。成人して身長も親を超えた息子に父親は過剰な愛を注がないものです。

           そして人間が死を迎えるとき、身体は地上に還り魂は宇宙へ昇華します。ですので肉体の究極の死は魂の究極の生であり、魂の究極の死は肉体の究極の生なわけです。生前においては、宇宙に昇り詰めることが即ち肉体を軽んじ虚しくすることであると同様に、地上に還ることが魂を軽んじ虚しくすることなのです。前者は欲望から解放されなおかつ人間関係を断ち宇宙への愛に身を委ねること、後者が欲望に従い人間関係に基づいて物性に身を委ねることです。

           若干分かりづらくなりましたが、有りもしない二次元キャラに愛情を感じたり、テレビを見て海外旅行した気分になったり、動かないぬいぐるみに話しかけたり、耳かきボイスCDでにやにやしたり、全部が宇宙への愛であり、8時になるとお腹が減ったり、ふと寂しさを感じてキャバクラに行ったり、一眼レフカメラを衝動買いしたり、パチンコに足繁く通ったり、全部が地上への愛です。普段は皆両者のバランスを取りながら生きていますし、上述したものも正確には両者が混在しています。ですからニュートラルに生きている人が多いわけです。しかしニュートラルは生から最も遠く、同様に死からも最も遠いわけです。長文失礼しました。では。


          二次元ヲタと宇宙

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             前回の続きで、趣味ベクトルということで色んな物を一緒くたに話しましたが、実際趣味ベクトルに含まれると思われる二次元キャラへの愛情について書きます。

             空想の人物、人間が創りだした人格への愛情を仮想Addictionと呼ぶことにします。趣味ベクトルが対人関係の逆ベクトルであり、内部・自己への力だと考えると、対人関係の象徴、愛情の一形態である仮想Addictionが趣味ベクトルであるということは不自然ですが、仮想Addictionはれっきとした趣味ベクトルです。趣味ベクトルの先に宇宙があるという話をしましたが、趣味ベクトルを言い換えると宇宙への愛情・依存性なので、仮想Addictionはまぎれもない趣味ベクトルなのです。

             つまり、対人関係の対義としての孤独は趣味ベクトルの温床ですが、孤独そのものはエネルギーでないので、そこで育った仮想Addictionこそが宇宙への引力ということです。人間は地上と宇宙との間で引っ張り合いを常にされているわけですね。そして宇宙への引力の最たる例が二次元キャラクターへの愛情であり、愛すれば愛するほど宇宙へ近づいていくということです。

             こういう話もなんですが、自殺願望というのは孤独の行き着く先ではなく、孤独は仮想Addictionを育てるという意味の条件にすぎないわけで、結局死に向かうエネルギーは宇宙への引力・仮想への強烈な愛から生まれるものです。宇宙への引力が地上への引力に勝った時に起こる現象ということですね。

             最後に補足したいのが、趣味ベクトルの優位性を語るつもりはないということです。ただ現状において趣味人(二次元ヲタ)が迫害されているのは事実ですので、その現状に異議を唱えたいということはあります。そして近年宇宙への引力に魅せられる人々が増加しており、これは一つの転機が訪れているという印象があります。また仮想Addictionの完成形を世の中に提示するのが僕のミッションなので、その意味で常に趣味人でありたいと思っています。では。


            生と死のベクトル

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               以前オタクの定義の中で趣味ベクトルと恋愛ベクトルの話をしましたが、個人的にしっくり来ていなかったので考え直してみました。人間の感情というのを分析したうえで、それを対人関係・自己完結に分類して考えてみた結果、理論だって説明できそうなので書きます。

               基本的に対人関係はAddictionで説明できると思います。依存性とも言えますが、厳密には英語の方が正しいと思います。恋愛感情はAddictionの最たる例ですが、憎しみや嫌悪も同じようにAddictionです。人間対人間の引力を意味します。例えば初めて会った相手に強烈な憎しみを抱くことはないわけです。愛情も同様です。つまり引力に従って魂と魂が引かれ合った状態でしか生じえないのです。両者の違いは厳密にはありません。ただ言えることは友情や恋愛など大きな力が加わった結果、弓が引き絞られるように緊張した状態になり、それが解放されたときに反動として憎しみや嫌悪が生まれると思います。同情や尊敬、感謝や謝意はそれのミニチュア版です。大きな力にはなりませんが、対人関係の潤滑油として気軽に使われています。

               本題に入りますが、趣味ベクトルは内部に向かう力、つまりAddictionの逆ベクトルだと考えています。これを仮にExclusionと呼びます。対人へのベクトルが現実へ向かう力で、自己へのベクトルが仮想へ向かう力です。僕はExclusionの行きつく先に宇宙があると思っています。Addictionを手に入れると安堵感と充実感が手に入りますが、逆に創造力や妄想力は失われます。子供や恋人を手に入れた瞬間に「生活」つまり現実に近づき、宇宙から遠ざかると思うわけです。

               宇宙の定義はなんなの?ということですが、端的に言うと神の住処ということです。すべてをつかさどる存在に昇華することが、即ち死であり、地上に棲むことが生だと思います。ですから趣味ベクトルは死に近づく麻薬的な存在だということですね。生に近づくこともある意味麻薬的要素はありますが。

               以上です。宇宙の何たるかについては自説がありますのでまたの機会に。では。


              新しい枠組み

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                 現代の若い人にとって最大の不幸は、年寄りの構築した仕組みの中で働いていることだと思うんですよね。資本主義どうこうまで大きい話はしませんが、人間を労働力の視点からしか見られない古臭い思想が原点にある既存のシステムに乗っかった時点で、あまり幸せにはなれないと思うわけです。時代は肉体作業や労働から知的作業や創造にシフトしてきているのに、既存のシステムがそれを古い枠組みに押し込めてしまっていて、結果IT業界も不幸に見舞われている気がします。

                 労働はこれからロボット等に取って代わられ、人間は知的作業・創造的行動に移行するのは目に見えていますから、早めに既存のシステムからの脱却を図るべきだと思うんです。そこで会社組織が必須かも疑問で、もっと緩いグルーピングが必要でしょう。個々人が伸び伸びと活躍し、それを邪魔しないように統一する仕組みです。そこでは人間は歯車でも駒でもなく、それぞれが個性を発揮して新たな価値を創出し続けます。

                 その実現を阻んでいるのが、資本主義だと思います、結局言及しますが。金銭は基本的に労働の対価ですから、そこには物性に起源する過去ありとあらゆる亡霊が宿っています。その上のレイヤーで知的・創造的仕組みを構築すること自体がナンセンスですし無理筋だと思います。僕個人としてはいますぐ新しい思想を取り入れるべきだと思っています。僕の提唱する創造主義が例えばそれです。

                 知性や創造力を換金する発想はやめるべきだと思いますね。そもそも棲家が違う両者を一緒くたにしていることが全ての災難の起源だと思うのは私だけでしょうか。では。


                最近思うこと

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                   友達&恋人がいないと、外出してもドトール→吉野家→ネカフェ→やよい軒→帰宅みたいになってつまらんのですよ。何が言いたいかというと、今の娯楽は連れがいる前提に作られているので、一人で楽しめるのが少ないんですよね。カラオケ・居酒屋・ゲーセン・映画館どれを取っても一人向けはないんですよね。ワンカラとかは非常手段的だし。

                   なので、リア充お断りじゃないけど二人以上だと入店できない娯楽を作りたいんです。友達いないの?恋人いないの?じゃあ家に篭ってろ、みたいな若干世間の悪意を感じ始めているので、それを解消したいなと。2次元の彼女が映ったディスプレイを傍らに、ゲームしたり映画見たりカラオケしたり、飲み食いしたりすればいいと思います。2次元の彼女の裏には声優さんがいて、リアルタイムで会話してくれます。相手は自分の映像が見えて、自分は二次元のイラストしか見えないわけですね。

                   で、二次元イラストは最近流行りのLive2D+FaceRigで表情に合わせて動くので、本当にそばにいてくれる感があっていいかなと。ゲームもただのテレビゲームじゃなくて、ハードウェアを彼女が遠隔操作して一緒に遊べたりして。釣りとかホッケーとかですね。食べたり歌ったりの様子もディスプレイに映って、彼女にプレゼントもできたりして。

                   一度仲良くなると、全店舗で会えるようになって、喫茶店→ゲーセン→レストラン→映画館→居酒屋→カラオケみたいにシームレスな体験ができるといいですね。最後はホテルになりますが、これは個人的にはVRの領域だと思ってます。移動中はスマホアプリでとかも考えましたが、一緒にいる感がないのでやめたほうが無難ですね。

                   1日2万円くらいでデートが完結するとすごくいいなと。声優さんのギャラがあるので難しいかもしれませんが。では。


                  感謝と感動の評価システム

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                     現状は資本主義社会なので、お金がないと飯も食えない世界ですが、これがそう何十年と続くとはどうしても思えないのです。だってお金が有り余る人と、お金がない人にこれほどまでに格差が生まれることは正常でないし、そもそもお金がなくなると生活できなくなるこの仕組み自体欠陥が大きいと思っています。何が言いたいかというと、資本至上主義の価値観は現状そうというだけで、それに依存することなく新たな価値を追求する作業は常に必要だと思うわけです。
                     そもそもお金で買える「モノ」の魅力が下がり続ける昨今、金銭に依存することは得策なのでしょうか。私は今後重要になるのは「感謝」と「感動」だと思います。タクシーはお客を目的地まで送りお金を受け取るわけですが、それは「感謝」に置き換えられます。エアビでは人を家に泊めてあげてお金を受け取りますが、これも「感謝」です。思うにこの感謝とキャベツを作っている農家がご近所さんに野菜を分けてあげた時の感謝、近所の子供におやつをあげた時の感謝と、金銭の授受はなくても同じだと思うわけです。ならば両者を同一視して、「感謝」をたくさん持っている人に最大限の富を与えるべきではないかと思います。また現状お金を払って映画を見たり、小説をお金で購入しますが、これは「感動」を与えているわけで、お金ではなく「感動」の度合いで評価すべきだと思うのです。なので「感動」をたくさん持っている人が最高に評価されるべきです。
                     まとめると、「感謝」を多く持つ人は多くの富を、「感動」を多く持つ人は多くの栄誉を持つべきだと思います。後者は私がいつも言っているスターです。端的には感謝と感動のログを取る仕組みが整えば、これは実現できるはずです。例えばスマホで「感謝!」と思った時は目の前の相手に「感謝ポイント」を送ればいいし、「感動!」と思った瞬間にその作者に「感動ポイント(スター)」を送ればいいと思います。両者をたくさん持つ人が最高に評価される豊かな人です。こんな仕組み、作ってみたいです。
                     

                    ど田舎で商売がしたい

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                       正直新規事業と言って渋谷とか銀座とかで始めるのは、つまらんのですよね。僕は是が非でも、超ど田舎で始めたいですね。僕の地元は田舎もいいとこのど田舎なんですが、商店街もほぼ消滅してるし、高齢者しかいないし、まあ救いがないところです。でもそういうところからビジネスが始まるほうが楽しくないですか。
                       何をするかというと、曲を田舎の人に売りたいんですよね。演歌でもいいし、最新の流行曲でも、インディーズの無名曲でもいいです。ボタン付きの紙製ボードを用意して、ボタンを押すとBluetoothで電波がスマホに飛び、購入ページに飛ぶようにしたいんです。決済はプリペイドのチケット屋を開けばいいです。チケットを買うと自分の財布にチャージされて、音楽が買えるわけです。
                       演歌のカセットが2000円〜3000円で売られているのをご存知ですか。音楽って本当はこれくらいの値段で売れるものなんです。それを250円だの月額980円だの、あり得ないでしょう。上の方式でやれば絶対に1000円以上では売れます。要するにネットで検索して買わないといけないというのはインターフェースが悪いんですよ。ワンタッチで目の前の曲が買えたらそれくらい払うんですよ、田舎の人でも都会の人でも。
                       地方創生とか言って本当に真剣にそれに向かって動いている人がどれくらいいるのか。スローガンだけで白けている人ばかりじゃないですか。このままじゃ本当につまらないです。IoTも掛け声で終わりそうですし。四の五の言わずにど田舎から商売を始めてみる、田舎の公民館で音楽を売ってみる、ここから本当の地方創生を実現してみます。
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